細胞研究の現場で頻繁に行う“培地の交換作業”。ルーティンワークであるため効率化を検討したいところですが、大規模な自動化装置は価格面がネックとなり導入を躊躇してしまいます。そんな悩みを解消しようと、低コストな「培地交換システム」を開発したのが、高砂電気工業(愛知県名古屋市)です。同社はマイクロリットル(100万分の1リットル)単位の流体制御技術を得意とし、分析装置向けのバルブで高いシェアを占める企業。宇宙分野でも採用されており、「細胞から宇宙まで」をキーワードに、ニーズに応じたカスタム製作を強みとします。今回、同システムの特長や開発背景、今後のビジョンなどについて浅井社長に話を聞きました。
今回紹介する技術と製品
「ポータブル培地交換システム」
『ポータブル培地交換システム』は、自動で安定した培地交換を実現する製品です。既存の6ウェルプレートがそのまま使えるため、導入が簡単。6ウェルプレート部分はシステムに格納したまま倒立顕微鏡で観察でき、環境の変化を最小限に抑えられます。インキュベーターにそのまま入れられ、乾電池で最大7日間連続駆動可能。培地が触れる部分はすべて交換できるのも特長です。
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マイクロ流体制御技術とカスタム製作で実績多数。
現場の声を拾い、強みを生かした製品を開発
高砂電気工業株式会社 代表取締役社長 浅井 直也氏
当社は小型ソレノイドバルブやマイクロポンプなどマイクロリットル単位の液体を正確に制御する、微小流体制御に関連する製品を豊富に取り扱っています。化学薬品、溶剤、分析用サンプルなど特殊な流体を扱える材質に対応しており、診断装置、環境測定装置、燃料電池など様々な用途で活用いただいています。医用分析用バルブは国内トップクラスのシェアを誇り、シリンジポンプがNASAで採用されるなど幅広い分野で実績があります。
当社の強みは60年に渡り増やし続けてきた“技術の引き出し”をベースとした、ニーズへの対応力です。「こんなことができないか?」というお客様の要望から、生まれる製品は年間400機種を超えます。これは非常にありがたい話ではあるものの、分析装置用のソレノイドバルブが売り上げの大半を占めており、“新しいマーケットの開拓”が課題のひとつでした。
そこで、当社の強みである流体制御技術の応用先を探っていた中、マイクロTAS*の分野において、
“セル(細胞)”が注目を集めているという情報をキャッチしました。そこから、再生医療分野で活路を模索していたところ、iPS細胞関連のベンチャー企業の方と出会う機会があり、研究の現場において培地交換が課題となっていることを知りました。
これらの出来事をきっかけに、培地交換に当社の流体制御技術が生かせるのでは?と考え、製品化したのが今回紹介する『ポータブル培地交換システム』です。
培地交換作業を低コストで自動化。
作業者ごとのバラツキも解消
ポータブル培地交換システム。既存の6ウェルプレートがそのまま使用できる
細胞の培養中は、定期的に培地を交換する必要があります。iPS細胞のような細胞だと毎日交換が必要なため、なかなか休みが取れない研究者や学生の方がおり、現場では大きな負担となっています。手作業をロボットアームで自動化する装置も存在しますが、装置が大型で、価格的にも容易に手が出せません。
これに対し、当社の『ポータブル培地交換システム』は、非常に小型かつリーズナブルな価格の製品です。我々は“価格破壊”だと思っています。2本のノズルを用意し、ポンプの力でそれぞれのノズルから液体を吸引・吐出するというシンプルな仕組みで、培地交換を自動で行えます。既存のウェルプレートがそのまま使えるため、作業フローに組み込みやすいのもメリットです。また、乾電池で最大7日間連続駆動でき、作業者の負担軽減や、作業品質のバラツキ抑制に貢献します。
すでに、大学の研究室等にも採用されており、「培地交換のためだけに、休日に片道2時間かけていたのが不要になった」と喜んでいただいています。
培地の交換は作業者によって手順が異なるほか、細胞を傷つけないよう慎重さが必要なことから、従来は手作業が重んじられてきました。ただ、再生医療の分野において“量”が求められるようになり、再現性の向上に対するニーズが高まっています。本製品は今後、再生医療分野の発達に伴い、急速に普及していくことでしょう。
手作業では難しい灌流培養も実現。
新しいアイデアにも果敢に挑戦し、研究の現場をサポート
3D灌流培養ユニット。肝臓・神経細胞・心筋などの三次元組織培養ユニットとして活躍する
当社では、微小流体を長時間にわたり流し続ける灌流培養が可能な「3D灌流培養ユニット」も開発しました。体内に極めて近い環境を再現でき、肝臓・神経細胞・心筋などの三次元組織培養に適しています。
この「3D灌流培養ユニット」もそうですが、「ポータブル培地交換システム」を皮切りに、宇宙空間で酵母の培養を行う「月面ビール」などバイオ分野で多くのアイデアが生まれています。こうした新しい取り組みは、研究の現場の方々が“ポンプによる微小流体制御”という技術を知ってくださったからこそ生まれたのだと考えています。技術的な革新というよりは、コミュニケーションの賜物です。今後は、現場のニーズをどんどん集めることで、研究者をルーティンワークから解放することはもちろん、新薬や新しい医療技術の開発に貢献していきたいと考えています。
繰り返しになりますが、当社の強みはマイクロリットル単位の流体制御技術と、ニーズに応じたカスタム対応です。「こんな製品を開発できないか?」「こんな課題があるのだけれど…」など、お気軽にお声がけいただければ幸いです。